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| 皇帝ダリアにとまったオニヤンマ、地上1.5mくらいのところに羽根を広げていた。 |
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| 家の中にカメラを取りに戻る間もじっとして枝にぶら下がったままだった。何を待っていたのかな? |
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| 縁側のゴーヤのみどりのカーテン。大きく広がって強い日差しをやわらげてくれる。 |
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| 焼きあがったくるみ饅頭を、Fさんは”きれいに焼けたなあ。嫁入りにやる娘のよう”にと言いながら、きれいに並べてパック詰めされました。 |
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| 三つのざる合わせて、6kgあった。 |
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| 明日7月1日は暦では半夏生とか。庭の半夏生も白く化粧、緑陰に白があでやか.。 |
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| こねて、1次発酵したものを分割。全体360g程度を48個に。1本当たり7.5g |
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| 1本ずつころころ転がして延ばす。我が家のオーブンでは1枚に12本が2列で24本、2段で48本が一度に焼ける。 |
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| 180度、20分で焼き上がり。 |
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| 今朝の大阪教会。ヴォーリズ設計のレンガ造りの教会です。左手の門の奥に十字架を掲げた塔があります。もうすぐ築90年を迎えます。 |
人々はこれを聞いて、強く心を刺され、ペテロやほかの使徒たちに、「兄弟たちよ、わたしたちは、どうしたらよいのでしょうか」と言った。 すると、ペテロが答えた、「悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。 この約束は、われらの主なる神の召しにあずかるすべての者、すなわちあなたがたと、あなたがたの子らと、遠くの者一同とに、与えられているものである」。 ペテロは、ほかになお多くの言葉であかしをなし、人々に「この曲った時代から救われよ」と言って勧めた。 そこで、彼の勧めの言葉を受けいれた者たちは、バプテスマを受けたが、その日、仲間に加わったものが三千人ほどあった。 そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、共にパンをさき、祈をしていた。
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| 主人の手づくりピンポイントシートを通してみる。 |
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| 古い写真のネガフイルムをフィルターにして、見る。義弟夫婦も一緒になって。 |
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| リング状になったとき、あたりは暗くなってカメラはオート発光してしまいました。。 |
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| わたしたちが昨年まで住んでいたところ、理科教師だったMさんの懐かしいお顔も見えます。 |
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| 木漏れ日にお日様の影が! |
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| 追加 東三国に居る次男のフェイスブックからコピーした金環食、アイフォーンと日蝕グラスを重ねてとったそうな。 |
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| 庭のヨモギを摘んで塩茹でし、固くしぼって冷凍保存。今日使ったのは昨年春摘んだものでした。フードプロセッサーにかけて、生地に練りこみます。塩味のプレーンな味。左上のざるに入っているのは今日摘んだヨモギです。 |
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| あまなつの皮の砂糖煮を生地に混ぜたちょっと甘いパン。サラダオイルとバター、卵が入ってちょっとリッチ。 |
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| 左上、ヨモギパン24ヶ、手前、ピール入り24ヶ、食パン2本もまあまあの出来でした。冷凍庫に保存し、これで二人の朝食18日分。 |
「今の社会や家庭では、善意の虚偽はほとんど差し支えないことになっています。ある場合は一種の床しいことのようにさえ思われています。」
「めいめいのありのままを公にしないやり方は、また知らずしらずの間に 、私たちに自分の内部をほんとうに反省して、悲しんだり喜んだりする心持ちを薄くし、どこまでも外部的に自分を見るようにばかりしていきます。同時に他人を見るときもやはり内部的ではなくて外部的です。」
心にしっかり受けとめて祈りつつ歩みたい。
「もしも私たちは、自分の正体をくらますとは反対に、親子の間でも夫婦の間でも、他人及び社会に対しても、必ず自分の正体を正しくありのままに現すということは、お互いに何よりも大切なことだと考え合って、先ず一家のうちより互いにそのように行動することが出来たらば、私たちの家庭は、どんなに幸いなまた高尚なそうして生気のあるものになるでしょう。」
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| 56ページを順に重ね、 |
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| ホッチキスで留める。2時間ほどで300冊近くが製本できたようです。 |
「朝起きて聖書を読み、昼は疲れるまで働き、夜は祈りて眠る。この生活こそ実に実に当たり前の生活である。」そしてこのような生活を通して、人はほんとうに人として鍛えあげられるのであると、あります。「よく生きる」を、シンプルに表現するとこのようにいえると思います。友の会の中で何度も読んだ文章ですが、高齢期を迎えた今も心に響きます。名古屋で私はHPの係りをしていました。新しい情報発信の道具として活用しようと、2000年10月に開設にこぎつけました。6年間、維持更新に関わり続けていました。それを若い方に引き継いだあと、次に最寄りの報告、連絡をスムースに出来ないかとブログを使い始めました(名古屋友の会/星ヶ丘方面/一社最寄り/issyamoyori)。しかし、これは生活団に通っていた若い方がパソコンを開く時間の余裕もなくてうまくいかず、そのままのURLで自分の「備忘録」に変えて用いていました。豊中友の会に転入して一年、また自分の生活を通して友の会のことなど発信できないかと、最近ブログを更新し、公開することにしました。羽仁先生は著作集を、「世界中のあらゆる友に話しかけようとする、その時々の手紙です」と書いておられますが、私もまたささやかな書き込みを通して、思いを伝えることが出来たらと思います。そしてこれは何より、私の一番近くにいる主人に、友の会の仲間と外で活動している様子を見てもらうよい方法だと思っています。豊中友の会の公式ホームページとはちがって、技術も思いも不足しているのを痛感しながら、また私たちの思いを伝えられるものとなればと願っています。
朝起きて聖書を読み、昼は疲れるまで働き、夜は祈りて眠る。この生活こそ実に実に当たり前の生活である。この生活を与えられるために、ほんとうに長い間鍛えられてきたのである。
朝起きて飢えかわくごとく聖書を読むものに、先ず私たちはなりましょう。めいめいに与えられているみどりごの心をくらまして、手前勝手な都合ばかり考えていては出来ないことです。
昼は疲れるまで動く人になりましょう。不完全な人間同士の錯綜する人事に堪えかねて、不平や憤懣を自己弁護にして、高い光明を見失うようでは、決して本気に動けないでしょう。
私たちに祈って眠る夜があるのは、悔いの中にも恥の中にも、ただ導きの手を思い得る確かな望みがあるからです。・・・この著、みどりごの心も、それゆえに、日々の生活の中に希いを見出し、希いの中に多くの祈りを与えられて暮すものの、ありのままな思いの跡です。親しきもの、近き周囲との生活から交渉から、人として同じ生命を持っている、世界中のあらゆる友に話しかけようとする。その時々の手紙です。羽仁もと子著作集・みどりごの心(1932年) 巻頭の言葉から抜書き
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| 豊中・永楽荘の住宅街、桜とミモザ |
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| 近くの神社の大木に大きな鳥の巣、カラスの巣です。洗濯ハンガーなどを用いた立派なもの、7つの子は十分育てられそうです。 |
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| 今日は朝から本降り、友の家の横の公園では、満開の桜が静かに雨に打たれていました。 |
マルコによる福音書16:2-8
そして週の初めの日に、早朝、日の出のころ墓に行った。 そして、彼らは「だれが、わたしたちのために、墓の入口から石をころがしてくれるのでしょうか」と話し合っていた。 ところが、目をあげて見ると、石はすでにころがしてあった。この石は非常に大きかった。 墓の中にはいると、右手に真白な長い衣を着た若者がすわっているのを見て、非常に驚いた。 するとこの若者は言った、「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのであろうが、イエスはよみがえって、ここにはおられない。ごらんなさい、ここがお納めした場所である。 今から弟子たちとペテロとの所へ行って、こう伝えなさい。イエスはあなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて、あなたがたに言われたとおり、そこでお会いできるであろう、と」。
女たちはおののき恐れながら、墓から出て逃げ去った。そして、人には何も言わなかった。恐ろしかったからである。
マルコによる福音書15章25-39大阪教会では昨日の洗足木曜日・受難週特別聖餐礼拝に続き今夜、聖金曜日の特別礼拝がもたれます。私も主人と共に出席しようと思っています。
イエスを十字架につけたのは、朝の九時ごろであった。 イエスの罪状書きには「ユダヤ人の王」と、しるしてあった。 また、イエスと共にふたりの強盗を、ひとりを右に、ひとりを左に、十字架につけた。 〔こうして「彼は罪人たちのひとりに数えられた」と書いてある言葉が成就したのである。〕 そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって言った、「ああ、神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ、 十字架からおりてきて自分を救え」。 祭司長たちも同じように、律法学者たちと一緒になって、かわるがわる嘲弄して言った、「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。 イスラエルの王キリスト、いま十字架からおりてみるがよい。それを見たら信じよう」。また、一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。 昼の十二時になると、全地は暗くなって、三時に及んだ。 そして三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。 すると、そばに立っていたある人々が、これを聞いて言った、「そら、エリヤを呼んでいる」。 ひとりの人が走って行き、海綿に酢いぶどう酒を含ませて葦の棒につけ、イエスに飲ませようとして言った、「待て、エリヤが彼をおろしに来るかどうか、見ていよう」。 イエスは声高く叫んで、ついに息をひきとられた。 そのとき、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。 イエスにむかって立っていた百卒長は、このようにして息をひきとられたのを見て言った、「まことに、この人は神の子であった」。
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| 満開の梅の花に,すがりつくように蜜を吸う「ルリタテハ」 3/29撮影 昨日の雨で、この梅もすでに落花盛ん、季節は桜に移った。 |