2012/03/02
2012/02/26
2012/02/19
土曜日 雪中ハイキング
山の積雪を懸念して車で政の茶屋まで行く予定を変更、歩いて往復することに。朝9時前に出発。滝道はすでに滝まで行って戻ってくる方が結構多い。散策路は融雪剤で処理されたのか雪はない。木々に積もった雪、いつもよりずっと透明感を増した川の流れを楽しみつつ滝まで。それからドライブウエーにまで登ってビジターセンターまでの道。ここはキュッキュッと新雪を踏みしめながら歩く。車では味わえなかったよろこび。10時30分には到着。
受付けを済ませて11時から、ボランティアスタッフが先に立ってくださって10数名の参加で自然観察会がはじまる。エゴの実、えのきの実(いずれもヤマガラが好きだという)、アラカシの幹についたスズメバチの攻撃のあとのこぶ、葉を落とした高木の枝のメジロの巣あと、ヤマガラ(双眼鏡で追うことが出来た)、ルリビタキなどなど、雪の上で1時間余り、身体はすっかり冷え切ったけれど、バードウオッチング初心者の私たちには楽しいときとなった。(帰り道も勿論歩いて家まで帰って、今日は21500歩でした。)
| ビジターセンターへの雪の道 |
| ビジターセンター、双眼鏡を持ってこれから出発 |
| 箕面ダムの堰堤下の林、「いつもならヤマガラ、エナガ、メジロなどが混群になって飛び交っているのですがねえ、今年は少ないですね」とのこと。しかしこのスポットで、私はかろうじて「やまがら」が明るい茶色の羽をひろげ飛び立つのを双眼鏡でとらえることができた。 |
| もう使われていないメジロの巣、こんな高木に、望遠鏡で見せていただくとコケに交じってビニール紐なども見える。メジロは多産でこんな巣で5,6羽も育てるらしい。 |
| この写真は主人がデジカメで初めてとらえた、ルリビタキ。川岸のブッシュに姿を現した。メス。かわいい丸い目の白い縁取り、尾羽の青がわかるかな。 |
2012/02/14
2012/02/10
長い散歩
梢にさえずる「スズメではない」鳥の声を聞きながら道標にしたがって道をとり、池田市緑のセンターへの道に出て、今度は中央線を通って帰宅。18940歩。
2012/02/03
久々の更新 節分の巻ずし
豊中友の会箕面方面では節分の今日、皆で巻ずし作り。朝9時に会員宅に集って12時前には90本余りの太巻き寿司完成。皆さんの準備段階からの手際のよさにびっくりしました。10年以上続いている行事だそうです。
| それぞれ持ち寄った具を1本ずつにセッティングします。 | 高野豆腐 かんぴょう 椎茸 卵焼き みつば 焼きアナゴ そぼろの7種類 |
| 立派な焼きアナゴが入ります |
| いよいよ巻きはじめ、丁寧に寿司飯をのりの上に広げます。ベテランの手つきを若い人が見ながら、おぼえます。 |
| 生姜を添えてパック詰め。92本出来たそうです。それぞれに前もって注文した分を受け取って持ち帰りました。 箕面方面会員のお宅では、今日は皆さん恵方を向いて「丸かぶり」されたことでしょうか。 |
2010/09/21
2010.9.19 聖日礼拝
![]() | |
| 西側の通用門も出来て、今日は新しい門を通って奥の仮会堂に入りました。 |
9月第3週の聖日礼拝、ようよう朝夕に秋の気配を感じますが、日中は真夏日となりました。新会堂はほぼ出来上がり、いろんな検査が進んでいます。清水建設の社内検査、室内の空気のシックハウスに関しての検査が済み、来週には施主検査や役所の検査があります。今月末30日に、いよいよ建物引渡しとなります。30日には設備機器の取り扱い説明も行われます。(工事はそのあと、仮会堂を取り壊し、駐車場整備、太陽光発電の工事が続きます。 )
10月3日が仮会堂で最後の礼拝、引越し。10月10日には『入堂式』を行ってから、初めての礼拝が教会全体の合同礼拝で10:30から行われます。
20日に行われた教会修養会では 、新しい会堂での行事についても協議されました。地域の方々にも親しみをもって入っていただける会堂にしたいと、オープン・チャーチや音楽会などを計画しています。
根村修建築研究室/トピックス-3
2010/09/16
御岳登山
2010.9.14-15 御岳登山のドライブ 14日朝8:20出発 名古屋インターから中津川までそのあと国道19号線、県道20号線を経て名古屋市民おんたけ休暇村まで、11:30着。田の原まで県道終点まで登る。丁度お昼に着。青空に時折雲がかかる天気。展望台でおにぎりの昼食のあと、明日の登頂に備えて、足慣らしのトレッキング。
休暇村ロッジにチェックインして、高原温泉に入湯。夜は天文台で星の観察。晴天で月のクレーター、木星、アルビレオ、ヘラクレス座の星団など見せてもらう。口径60cmの反射望遠鏡と20cmの屈折望遠鏡はすばらしく、主人は高校の天文部を思い出し、とても喜ぶ。係の方はリクエストに応えて望遠鏡を動かしてくださった。
2日目 15日あさ8:30登頂開始、しかしガスがたちまち襲ってくる。時折晴れて山頂まで見えるが、すぐにガスが巻き、とうとう雨が降り出す。ヤッケを着込む。時折小止みになり、また降り出すといった具合で、9合目まで登り、ついに断念。下山し始めて、すぐに雷鳥が二羽、登山道脇に。失意の私たちを慰めるかのようであった。後はみぞれまじりの冷たい雨の中を黙々と主人の後を追って降りる。13:30、駐車場の車に戻る。名古屋へ。雨の中、17:20着。

2010/04/22
アブラハムには七人の子
Father Abraham had many sons. Many sons had Father Abraham.
I am one of them and so are you. So let's all praise the Lord.
Right arm,
Father Abraham had many sons. Many sons had Father Abraham.
I am one of them and so are you. So let's all praise the Lord.
Right arm,left arm,
Father Abraham had many sons. Many sons had Father Abraham.
I am one of them and so are you. So let's all praise the Lord.
Right arm,left arm,right foot,
Father Abraham had many sons. Many sons had Father Abraham.
I am one of them and so are you. So let's all praise the Lord.
Right arm,left arm,right foot,left foot,
Father Abraham had many sons. Many sons had Father Abraham.
I am one of them and so are you. So let's all praise the Lord.
Right arm,left arm,right foot,left foot,Chin up,
Father Abraham had many sons. Many sons had Father Abraham.
I am one of them and so are you. So let's all praise the Lord.
Right arm,left arm,right foot,left foot,Chin up,turn around,
Father Abraham had many sons. Many sons had Father Abraham.
I am one of them and so are you. So let's all praise the Lord.
Right arm,left arm,right foot,left foot,Chin up,turn around,sit down!
ダイヤアブラハムの子 加藤孝広作詞・外国曲ダイヤ 音符
1.アブラハムには 7人の子 一人はのっぽで あとはちび
みんな仲よく 暮らしてる さあ おどりましょう
右手(右手) バイバイ
2.アブラハムには 7人の子 一人はのっぽで あとはちび
みんな仲よく 暮らしてる さあ おどりましょう
右手(右手) 左手(左手)
3.アブラハムには 7人の子 一人はのっぽで あとはちび
みんな仲よく 暮らしてる さあ おどりましょう
右手(右手) 左手(左手) 右足(右足)
4.アブラハムには 7人の子 一人はのっぽで あとはちび
みんな仲よく 暮らしてる さあ おどりましょう
右手(右手) 左手(左手) 右足(右足) 左足(左足)
5.アブラハムには 7人の子 一人はのっぽで あとはちび
みんな仲よく 暮らしてる さあ おどりましょう
右手(右手) 左手(左手) 右足(右足) 左足(左足) あたま(あたま)
6.アブラハムには 7人の子 一人はのっぽで あとはちび
みんな仲よく 暮らしてる さあ おどりましょう
右手(右手) 左手(左手) 右足(右足) 左足(左足) あたま(あたま)
おしり(おしり)
7.アブラハムには 7人の子 一人はのっぽで あとはちび
みんな仲よく 暮らしてる さあ おどりましょう
右手(右手) 左手(左手) 右足(右足) 左足(左足)あたま(あたま)
おしり(おしり) 回って(回って)
8.アブラハムには 7人の子 一人はのっぽで あとはちび
みんな仲よく 暮らしてる さあ おどりましょう
右手(右手) 左手(左手) 右足(右足) 左足(左足)あたま(あたま)
おしり(おしり) 回って(回って) おしまい!!
2010/04/07
横浜見物 2010.4.6
桜木町-日本丸-ランドマークタワー横浜指路教会-県庁-横浜海岸教会-山下公園-大桟橋-中華街(昼食)-港の見える公園-聖公会教会-外人墓地 -元町(ウインドウショッピング)-JR石川町 9:50-15:30ごろ(万歩計カウントは2万歩を超える)
2010/03/20
旧会堂の桜の葉のクッキー
午後、昨年春、中京教会の桜の木の若葉を採って塩漬けし冷蔵庫に入れてあったのをつかって、T.がやいてくれたクッキー。クッキーベースは冷凍庫に保存していた自家製アイスボックスクッキー。
塩漬けの葉の塩分が残り、少ししょっぱい味であった。
2010/03/19
教会学校教案から覚えのメモ
2010/03/02
2010/03/01
2010/02/17
2009/05/26
2009/04/17
葉が出てきた 名前がわかりました。
2008/06/30
2008/06/21
種の起源
webで見つけた簡単な解説
長谷川 ダーウィンの時代には、実験科学はなかったですからね。サイエンティストという言葉もまだ定着してい なかった時代で、おそらくダーウィンは最後の自然哲学の巨人と言っていいですよね。哲学的な考察と実験科学みたいなものが分岐していない時代に生まれて、 だからこそ全体をいろいろと見渡すこともできた。もちろん環境や時代背景がよかったとも言えます。家がお金持ちだったし、ナポレオン戦争の後、学者たちが 世界中に探検旅行に行きやすい状況でもあった。ただ、やはり進化生物学の基本的な理論を思いついたのは、彼固有の才能によるものだったと思います。ある学 問的なメカニズムの定義をするために、観察事実を列挙して、それを基に演繹的に実証していった。その閃き、発想は優れて学問的だった。
2008/06/09
2008/06/04
抜書き 終末と希望
われわれが終末を待つということも非常に焦って終末を先取りするとか、終末に対する不安を何らかの人工的な方法で消そうとするのではなくて、終末を静かな気持ちで待つという、その待つことにおいて、われわれの神さまに対する、或いは人に対する愛がそこで純化され、浄化されてゆくのではないでしょうか。そういうことを終末は私たちに教えているのではないでしょうか。
信仰について考えて見ますと、われわれは、この時には必ずこうなるとかああなるとかいうことが分かっているとしたら、そんなに信仰する必要もありません。ところが、じっさいにはいつくるのか分からない。しかし、週末のときにどんな恐ろしいことが起こるか知らないけれど、もし私たちがイエス・キリストを信じているならば、キリストは必ず私たちを助けてくださる。いつ来るかわからない終末を待つという、そのことの中でわたしたちの信仰は浄化されてゆくのであります。
希望についても同じことがいえます。パウロもいっておられますように、約束されているものを何月何日に受け取ることが確実であるならば、希望は必要ありません。そうではなくて、見えないものを希望する。そういう仕方で私たちの希望は浄められてゆくのではないでしょうか。
ですから、現実の世界の状態の中で、或いは終末的現象というものが至る所においてもっとひどくなっていって、そしていろいろな意味での苦しみや争いがもっと強くなるかもしれませんが、しかし私たちはその中で終末をあわてて先取りしない。そして待つということ。勿論その待つというのは、ただ拱手傍観して何もしないことではなくて、基本的態度として先取りしないこと。そして与えられた仕事を静かに忠実に果たしてゆくこと。そういう在り方の中で、信仰と希望と愛は深められてゆく。
その中で一つのヴィジオが造られてゆく。
アウグスティヌスの晩年、『神の国』が書かれたとき・・・。
『神の国』の中に見られるアウグスティヌスの思想はどういうものであるかといいますと、彼は決してペンテコステ的な仕方で熱狂していません。しかしまた、その状況から無関心になって、自分ひとりの世界に閉じこもっているのでもありません。むしろ彼は、そういう終末的状況の中で、いわば時代を超越しています。しかしそういう現実から遊離して超越するのではなく、その現実の中で神の国を待ちながら、その待望の中で超越しているのです。そしてその超越において、何か人類の歴史と運命といったようなものが、一つのヴィジオとなって見渡されてきます。『神の国』に述べられているのはそのようなヴィジオです。
われわれ自身の問題に帰りましょう。われわれが置かれている現代の状況は、いろいろな意味で不安にみちています。終末的現象が現れています。拱手傍観しているわけにはいきません。なしうるかぎりのことは、勿論しなければなりません。しかし、終末を先取りすることなしに、終末を「待つ」ということを、苦しい状況の中で、いわば訓練してゆかねばならないと思います。それをしながら、自分たちの視野を広めてゆく。その視野の中で、それまで見えなかった過去と現在と未来の世界、その中でわれわれと同じように苦しんでいる、多くの兄弟たちの姿が見えてくる。待っているのは、私一人ではなく、多くの兄弟たちがみな一緒に待っている。そういうことが分かってくる。
そのように考えますと、現代におけるさまざまな終末的状況は、われわれにそのような視野を開くために神さまが与えて下さった課題であると思われてきます。イエス・キリストがいわれた、「汝ら目ざめて祈れ」ということばが、身に沁みて感じられるのであります。
第五話 終末と希望 p173-180 山田晶「アウグスティヌス講話」
2008/06/03
2008/06/02
抜書き 世界に悪は何故存するか
2008/05/31
2008/04/05
石井桃子さん訃報 天声人語2008.4.5
2008/03/25
アウグスチヌス『告白』 抜書き
あなたは、わたしたちをあなたに向けて作られ、わたしたちの心は、あなたのうちに安らうまでは安んじないからである。
わたしの信仰は、あなたがわたしに与えられたものであり、あなたがあなたのみ子の受肉とあなたを宣べ伝える者の奉仕とによって、わたしに注ぎ込まれたものである。
第3巻第12章21.
「しかし、ご子息はしばらくそのままにしておきなさい。そしてひたすらかれのために主に祈りなさい。そうすれば、ご子息は書物を読んでいるうちに、自分の誤謬がどれほど大きいか、自分の不信がいかにはなはだしいかを知るであろう」
「おかえりなさい。あなたが生きているかぎり、このような涙の子はけっして滅びることはない」といった。この言葉を母はわたしと対話のさいに、しばしば思い起こして語ったように、天来の声としてきいた。
2008/02/15
カーニバル
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冬の寒空を吹き飛ばすような華やかなカーニバルの様子が、今年も世界の各地から
伝えられるようになりました。カーニバルは、主にローマ・カトリックの国々で見ら
れるにぎやかなお祭りで、復活祭前の準備期間である四旬節の前に行われます。四旬
節は、日曜日をのぞく40日間、イエス・キリストの受難を思い起こし、派手なふるま
いや肉食を控える期間なので、その前に祝宴を開き肉を食べるようになったのが始ま
りだそうです。カーニバルという言葉はラテン語で肉を取り去るという意味の「カル
ネム・レウァーレ」が語源とされ、日本では「謝肉祭」と訳されています。
カーニバルといえば、ブラジルのリオデジャネイロのものが有名ですが、それぞれ
の国で土着の農耕祭などと結びついたため、さまざまなバリエーションがあります。
身分に関係なくお祭りを楽しめるようにと、仮面をつけたり仮装したりすることが多
いようです。たとえば、アメリカのニューオーリンズでは、マルディ・グラと呼ばれ
る最終日に毎年世界じゅうから多くの観光客が集まり、派手なフロート(山車)や仮
装した人びとによるパレードを楽しみます。
イタリアのベネチアでは、サンマルコ広場に大きなステージが設けられ、ショーが
繰り広げられるほか、仮面をつけた人びとが町じゅうを練り歩き、独特の雰囲気に包
まれます。一方、イタリア北部のイヴレーアという町では、馬車の上の兵士に向かっ
てオレンジを投げつける「オレンジ合戦」が3日間にわたって行われるそうです。
イギリスでは、パンケーキを盛大に食べる「パンケーキ・デイ」があります。これ
は四旬節の前に卵や牛乳を食べつくすために始まったようです。ドイツのケルンのカ
ーニバルでは、おとぎの馬車などが繰り出して、集まった人びとにお菓子が投げられ
ます。
いつもの町が夢のような世界に変わるカーニバルは、子どもたちにとっても楽しみ
なお祭りで、絵本や読み物にも多く登場します。時空を越え世界を旅する物語『スト
ラヴァガンザ――仮面の都』(メアリ・ホフマン作/乾侑美子訳/小学館)のエピロ
ーグは文字通り「カーニヴァル」と名づけられ、仮面をつけ、きらびやかな服を身に
つけた人びとが通りを踊り歩き、真夜中まで浮かれ騒ぐ様子が描かれています。
また、レオ・レオニの絵本『みどりのしっぽのねずみ――かめんにとりつかれたね
ずみのはなし』(谷川俊太郎訳/好学社)では、森で平和に暮らしていた野ねずみた
ちが、町からやってきたねずみにマルディ・グラの話を聞いて、自分たちも仮面をか
ぶってパレードや舞踏会を開く、このような場面があります。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
みんなは おどった、うたった、そしてたのしんだ、つきが そらの いちばん た
かい ところに のぼるまで。
それから みんな くらい しげみの なかに かくれ、かめんを つけた。きのみ
きや、いわの うしろから、おそろしい うなりごえや、さけびや、かなきりごえを
あげて、こわがらせあい、するどいはと きばで、おどしあった。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
この野ねずみたち、仮面をつけているうちに、いつしか本来の自分たちの姿を忘れ
てしまい、憎しみあい疑いあうようになってしまいます。ミステリアスでわくわくす
る仮面も、お祭りの間だけつけているからこそ、楽しいもののようですね。
★参考文献
『日本大百科全書』(小学館)
"Encyclopaedia Britannica"
『イタリア四季の旅』(田之倉稔著/東京書籍)
ベネチア市公式ウェブサイト(英語)
http://www.comune.venezia.it/flex/cm/pages/ServeBLOB.php/L/EN/IDPagina/1
(笹山裕子/村上利佳)














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