2008/02/02

読売新聞編集手帳2008.2.2

 〈ばばさま/ばばさま/今までで/ばばさまが一番幸せだったのは/いつだった?〉。「答」という詩は、茨木のり子さんの詩集「女がひとり頬杖(ほおづえ)をついて」(童話屋刊)に収められている◆14歳の孫娘から問われた祖母はゆっくりと過去に思いをめぐらせて答えを探すかと思いきや、そうではなかったという。〈祖母の答は間髪を入れずだった/「火鉢のまわりに子供たちを(すわ)らせて/かきもちを焼いてやったとき」〉◆寒の内についた(もち)をさいの目などに刻んで乾燥させ、()ったり、油で揚げたりして茶菓子にする。冬から春にかけて、かきもちの素朴な味を懐かしく思い出す人は多かろう◆問われるのを待っていたような即答は、茨木さんの祖母が「一番幸せだった時」をいつも心に映しては眺めていたからに違いない。愛する者に物を食べさせる幸せが「(うそ)」や「毒」に脅かされている今、詩句がひとしお胸にしみる◆詩は結ばれている。〈あの(ころ)の祖母の年さえとっくに過ぎて/いましみじみと()みしめる/たった一言のなかに()められていた/かきもちのように薄い薄い塩味のものを〉◆暦の冬はあすの節分で終わり、まだまだ寒さの厳しい名のみの春に移る。火鉢でかきもちを焼く人の姿を遠く思い浮かべては、「薄い薄い塩味のもの」で(まぶた)の裏を湿らせる方もあるだろう。