強力粉 425g
きな粉 75g
イースト 5g
砂糖 55g
塩 6g
サラダオイル70g バター30g
卵 2個と水 あわせて300cc
24分割 成型時1個当たり39g
4個いり150円で12袋(2単位)
月1回目標で継続すること
われわれが終末を待つということも非常に焦って終末を先取りするとか、終末に対する不安を何らかの人工的な方法で消そうとするのではなくて、終末を静かな気持ちで待つという、その待つことにおいて、われわれの神さまに対する、或いは人に対する愛がそこで純化され、浄化されてゆくのではないでしょうか。そういうことを終末は私たちに教えているのではないでしょうか。
信仰について考えて見ますと、われわれは、この時には必ずこうなるとかああなるとかいうことが分かっているとしたら、そんなに信仰する必要もありません。ところが、じっさいにはいつくるのか分からない。しかし、週末のときにどんな恐ろしいことが起こるか知らないけれど、もし私たちがイエス・キリストを信じているならば、キリストは必ず私たちを助けてくださる。いつ来るかわからない終末を待つという、そのことの中でわたしたちの信仰は浄化されてゆくのであります。
希望についても同じことがいえます。パウロもいっておられますように、約束されているものを何月何日に受け取ることが確実であるならば、希望は必要ありません。そうではなくて、見えないものを希望する。そういう仕方で私たちの希望は浄められてゆくのではないでしょうか。
ですから、現実の世界の状態の中で、或いは終末的現象というものが至る所においてもっとひどくなっていって、そしていろいろな意味での苦しみや争いがもっと強くなるかもしれませんが、しかし私たちはその中で終末をあわてて先取りしない。そして待つということ。勿論その待つというのは、ただ拱手傍観して何もしないことではなくて、基本的態度として先取りしないこと。そして与えられた仕事を静かに忠実に果たしてゆくこと。そういう在り方の中で、信仰と希望と愛は深められてゆく。
その中で一つのヴィジオが造られてゆく。
アウグスティヌスの晩年、『神の国』が書かれたとき・・・。
『神の国』の中に見られるアウグスティヌスの思想はどういうものであるかといいますと、彼は決してペンテコステ的な仕方で熱狂していません。しかしまた、その状況から無関心になって、自分ひとりの世界に閉じこもっているのでもありません。むしろ彼は、そういう終末的状況の中で、いわば時代を超越しています。しかしそういう現実から遊離して超越するのではなく、その現実の中で神の国を待ちながら、その待望の中で超越しているのです。そしてその超越において、何か人類の歴史と運命といったようなものが、一つのヴィジオとなって見渡されてきます。『神の国』に述べられているのはそのようなヴィジオです。
われわれ自身の問題に帰りましょう。われわれが置かれている現代の状況は、いろいろな意味で不安にみちています。終末的現象が現れています。拱手傍観しているわけにはいきません。なしうるかぎりのことは、勿論しなければなりません。しかし、終末を先取りすることなしに、終末を「待つ」ということを、苦しい状況の中で、いわば訓練してゆかねばならないと思います。それをしながら、自分たちの視野を広めてゆく。その視野の中で、それまで見えなかった過去と現在と未来の世界、その中でわれわれと同じように苦しんでいる、多くの兄弟たちの姿が見えてくる。待っているのは、私一人ではなく、多くの兄弟たちがみな一緒に待っている。そういうことが分かってくる。
そのように考えますと、現代におけるさまざまな終末的状況は、われわれにそのような視野を開くために神さまが与えて下さった課題であると思われてきます。イエス・キリストがいわれた、「汝ら目ざめて祈れ」ということばが、身に沁みて感じられるのであります。
第五話 終末と希望 p173-180 山田晶「アウグスティヌス講話」
名古屋友の会のホームページが開設され六年。友の会の多岐にわたる活動をまだ友の会をご存じない方に、会を知る入り口として生き生きと伝えて、講習会や最寄会など実際に参加してほしいと願い維持更新の作業を続けてきました。主な内容は、友の会とは(会のあらまし、毎月の予定表、会員活動)、催しもの(手づくり展、クリスマスセール、講演会)、講習会(生活講習、方面講習)乳幼児を持つ母の集まり(今までの記録も)幼児生活団、家庭は私たちの研究室(鍋帽子、生研の発表、調べ用紙など)、東海部news。
講習会や乳幼児をもつ母の集まりなどにメールでの参加希望が増えています。若い人には、これからますます情報収集や意見発表の道具としてインターネットが活用されます。連絡や報告が、従来の口頭あるいは印刷物と合わせて、インターネットを活用し早く確実に伝えられることが望まれます。会員専用ページも必要な時期でしょうか。
次年度は係を退きます。最後の分科会で「詩と田」を読みました。会員の一つ一つの働きをホームページという手段で、さらに美しい「詩」として、これからも広く発信してほしいと願っています。