2015/09/16

安威の墓地から茨木市内 (母の納骨式)

9月14日(月)安威の墓地への母の納骨、弟夫婦と妹夫婦、義姉、と私たち夫婦7人が集まる。
晴天に恵まれ、日差しが暑い、しかしさわやかな空気の一日。
大念寺さんの読経に皆も唱和して30分ほどの式、あと骨壺からお骨を晒しの袋に入れ替えて墓石の下に納める。27年前に納めた父のお骨の上に。




墓地の小高い丘からは、継体天皇陵の前方後円墳の緑がくっきりと見える。はるか向こうに生駒山の方角、大阪平野の北側一帯を見渡すことができる。

茨木市内のお店で会食、ここは私が小学生時代育った家の近く、弟妹も久しぶりに訪れた町の変化を懐かしむ。


もとの家の近くだった梅林寺が、さらに存在感を増していた。
片桐且元が城主であった茨木城址にある茨木小学校。
正門は城の櫓門を復元した立派なものになっていた。




 茨木城の門を移築した、神社の門。 茨木神社は子どもの頃のあそび場だった。特に旧茨木川沿いの土手の並木は皆で木登りをよくしたところ。妹は楓の木から落ちたときのことをよく覚えていた、「あの時は姉ちゃんがあそこの手水場で洗ってくれた、犬の糞の上だったものね」。私が5年生だったとすると妹は1年生ごろの話。



母が望んでいたように、きょうだい仲良く、よい時間を共有するうちに、葬りの一連の行事の節目を無事に迎えることができた。いろいろ段取りをしてくれた弟夫婦には心からの感謝を伝えたい。

2015/09/10

ちゑのあけぼの

「ちゑのあけぼの」=「THE DAWN OF WISDOM」

 明治19(1886)11月に創刊 明治21(1888)4月に67号をもって終刊となった、日本最初の少年少女向け雑誌の名前だという。
「『ちゑのあけぼの』の探索」という本を大阪教会の歴史資料室の書架から借りて読んだ、以下簡単な読書ノート

「『ちゑのあけぼの』の探索」 副題:鹿鳴館時代の大阪・京都・神戸
著者は、桝井孝 2011年10月 かもがわ出版発行 21cm*15cm 270頁。
 桝井孝氏は、著者略歴によると元大阪府教育長、在職中に大阪府立国際児童文学館設立に関与された。


ちゑ から連想する聖書のことばは、例えば 「主を畏れることは知恵のもとである」箴言9:10 など多くある。
あけぼの「曙」→ 覚醒 からは、「あなたがたの眠りからさむるべき時が、すでにきている。… 夜はふけ、日が近づいている。それだから、わたしたちは、やみのわざを捨てて、光の武具を着けようではないか。」ロマ書13:11-12 が思い出される。

この「ちゑのあけぼの」というのは、明治時代、大阪のキリスト者が中心になって発刊した、子ども向けの雑誌。銅版画を用い印刷した4ページから8ページの週刊誌。
大阪教会牧師であった宮川経輝も編集に関わっていたという。

152-153頁 第四章 (雑誌「ちゑのあけぼの」の内容)

目次を記すと

第1章  雑誌「ちゑのあけぼの」とその時代
 1 雑誌「ちゑのあけぼの」との出会い
 2 「ちゑのあけぼの」の探索と概要
 3 「日本最初の少年少女雑誌」
 4 明治中期という時代 
第2章 「ちゑのあけぼの」が発刊されるまで
 1 キリスト教の伝道と新興都市 神戸・横浜
 2 キリスト教伝道のための新聞雑誌
 3 日刊新聞「太平新報」のこと
第3章 「ちゑのあけぼの」の創刊と人々の苦闘
 1 「ちゑのあけぼの」の創刊
 2 「ちゑのあけぼの」の「発行の主意」
 3 「ちゑのあけぼの」発刊の際の祝辞
 4 「ちゑのあけぼの」のその後の歩み
 5 当時の新聞・雑誌の検閲
 6 「ちゑのあけぼの」の編集者と読者
 7 関西三都のこと
第4章 雑誌「ちゑのあけぼの」の内容
 1 「ちゑのあけぼの」の文体
 2 用字と仮名づかい・句読点
 3 欧化主義の時代と英語の初歩講座
 4 「ちゑのあけぼの」の論説・論評
 5 本誌の読み物
 6 「軍歌体」と呼ばれた新体詩
 7 「治まる御代」の大阪
 8 「ちゑのあけぼの」の科学読み物
 9 儒教主義
 10 「寄書」と呼ばれた投書について
 11「ちゑのあけぼの」終刊の辞
第5章 「ちゑのあけぼの」が残したもの
資料編 年表

著者が古本屋の店先で48号から52後の合本を見つけてからの14年かけての探索が、詳細につづられている。
この雑誌の発行所は大阪市西区江戸堀南通・・・ 大阪教会のすぐ近くの住所である。
川口居留地にいた宣教師の影響を受けた人たちが多くかかわって、日刊新聞を発行したが検閲にひっかかって廃刊に追い込まれ、そのあと子ども向けの雑誌に転じ、宗教色は前面に出さない内容で、しかし、西欧の偉人伝記や教訓話などが多く掲載されたこと・・・
当時の大阪・京都・神戸の知識人の活動の雰囲気が伝わり、最後まで興味深く読み通した。
巻末の資料・全巻内容は、本当に貴重な労作だと思う。(柿本真代さんの仕事)

ちょうど最近合わせて読んだ広岡浅子の「人を恐れず天を仰いで-一週一信」が、「基督教世界」という雑誌に掲載された、明治末から大正にかけての文章の復刊であった。

 「人を恐れず天を仰いで 復刊「一週一信』」 新教出版社 2015年7月発行 19cm*12.5cm 181頁

日本におけるキリスト教の伝道のための、様々な苦心、工夫の一端を知ることができた。
ともに好著。



2015/08/13

夜来の雨があがって

連日続いた猛暑、ようやく昨夜は驟雨があって、朝、庭の草木が生き生きしていました。
今日は朝の水やり助かった!

ゴーヤのカーテン
ツルムラサキ、どんどん伸びます。葉を採ってお浸しにしていただいていますが
脇芽がすぐに大きくなって・・・
この暑さの中、バラも咲き出しました。

朝のうちはみずみずしい花です。

2015/08/05

暑中 箕面滝道 散歩

梅雨明け10日の猛暑、いつまで続くやら・・・ 昨日は、暑気払いに箕面滝道まで主人と散歩。さすが家から滝道入口まで炎天下の道を歩くのを躊躇して一の橋までは自転車で、そのあと谷筋を大滝まで歩く。往復4㎞。7000歩ほど。

杉木立の底の方に流れる清流、気持ちよさそうだが、もうあの流れまで下る元気はない。

天狗鼻のあたり

滝の水量が多く、ここまで来た甲斐があった。

滝つぼのそば、水しぶきを浴びて

2015/07/21

母が逝って

母が逝って20日あまりになりました。名古屋から箕面に帰って落ち着いてからは毎週火曜日には母のところへ行くことにしていました。7月4日に葬儀を終えた後、7日の火曜日に介護施設アミーユに弟妹集まって、母が7年暮らした部屋の整理をした後は、石切の方へ行くことも少なくなりました。

母の愛用の花ばさみは私がもらいました。
花が好きだった母、ほば毎週庭の花を持って行きました。脳梗塞で倒れたのが6月4日、その前2日に訪問した時の会話が最後になりました。

たくさんつぼみがついたバラ(ピンクのオールドローズとバフビューティ)を持参したら
 「ええ色の花やな、こんな花を咲かせるようになったか、肥しもたくさんつこうてるやろな。
 そやけどつぼみが多すぎる、もうちょっと切ってやらな」
 「そのつぼみは明日咲くから、切らんといて」と私。
でもハサミを持った母の手には、もう切ったつぼみが見えていて・・・
花の季節には毎週のように繰り返された会話。母は、スッキリと形を整えた未生流の流儀花が好みで、近くを散歩出来たころは、摘んできた土筆やヒメジオンみたいな草でも上手にいけていました。


 倒れて1か月、しゃべることも食べることもできないままに7月初め深夜に逝ってしまいました。
棺には、母が忘れてくれるなと何度も念を押していた、父の「恩賜の義眼」を入れました。4日の葬儀には甥や姪、国内にいる孫、ひ孫が皆集まって、安威の大念寺さんの読経で、母が望んでいたような葬儀になったと思います。東大阪の小さな火葬場で焼かれてお骨になった母の傍にガラスの溶けたあとと、両足膝あたりに人工関節の金物が焼けずに残っていたのが目に焼き付いています。

 18日に、京都・東大谷へお墓参りに行きました。主人の父母を偲んで墓前に立った後、知恩院へ回りました。浄土宗の本山、母が度々写経に訪れていたところでした。

知恩院山門で
父の永代供養などで度々参堂した御影堂は平成の大修理の囲いの中でした。

法然上人の墓所、ここまでは観光客も少なく静かでした。

帰り道、四条大橋から。17日の大雨で賀茂川は濁流で川幅を広げていました。

 暑い夏が始まりました。私にとっては、人生の最後の新しい段階に突入した感じです。


2015/06/22

教会婦人会で

19日日曜日、大阪教会では昼食が久しぶりに婦人会のおうどんでした。8時半に作業開始でしたが、そのずっと前に教会に来てお茶の用意をし、大きな寸胴鍋には昆布をつけ、出しをとる用意までしてくれたM姉のいつもの働きがありました。
集まった方たちと短い祈祷の時をもち、それからお揚げを煮、出しをとり、味付け、昆布は佃煮に、これは91歳のS姉が刻みから味付けまでしてくださいました。9時半、聖書講義が始まるまでにほぼ準備完了、あとはみ言葉に集中し、そして礼拝後は”チームおうどん屋さん”になりました。
1杯200円。80食ほどを販売。午後3時からの音楽の祭日コンサートまでの時間、片づけてからホッと皆で一息、働きの後の恵みの時間になりました。

テーブルの手前に飾られている花は、先週木曜日坂本姉が自宅から持ってきて、各テーブルに飾ってくださったもの。清楚な純白のドライフラワーです。
「ルナリア」といって和名はゴウダソウ、ヨーロッパ原産の花で20世紀初頭この植物をフランスから持ち帰った合田清さんという方の名前にちなんでつけられたそうです。WEBで調べてみると、ルナリアというのはラテン語ルナ(月)、円形の果実をお月様に見立てたものだそうです。花が咲くまでの育苗期間が長く、暑さに弱いのであまり普及していないそうです。莢の形が他にはない面白い植物です、とあります。「音楽の祭日」コンサートにふさわしいテーブル花でした。
莢をむいて種をとると薄い隔膜はなめらかな光沢のあるドライフラワーで長期間いたまないそうです。
坂本姉が種のついた枝を下さいました。わが庭に育つでしょうか。挑戦してみたいと思います。
丸い莢の中に種が数粒ずつ入っています。種まきの適期は春6月までのようです。

父の日のカード

6月第三日曜日は父の日。教会では礼拝式の中で「父親祝福の祈り」がささげられました。

我が家にはアメリカの孫から、GrandPapaにメッセージカードと孫たちの最近の写真が届きました。
”You 're my (super) HERO"というカードの手書き表紙におじいちゃんは、すっかりよろこんで、いつまでもこうありたいねと・・・
孫たちの丁寧に書いてくれたメッセージがうれしい。E-mailもいいけれど、10日近くかけて届く手紙は、思いを深めてくれる。

夜には九州在の息子たちからも電話があり、ワインも届きました。母の日にもましてうれしかった。子どもたちの心遣いに感謝。

大阪教会では「音楽の祭日」のコンサート、リードオルガン、パイプオルガン、ピアノ、そしてソプラノ独唱が加わって、2時間ほどのよいプログラムでした。心豊かに過ごした1日でした。

2015/06/13

花の日と「音楽の祭日」

「ちいさなかごに花をいれ……あいのわざはちぃさくても」(讃美歌Ⅱ編26番)。
明日は、花の日・こどもの日、大阪教会では聖堂に花が飾られ、教会学校の子どもたちと一緒に教会全体礼拝を守ります。
アメリカのメソジスト教会から始まった教会行事で、日本各地の教会でも100年以上前から広く行われ、子どもたちが奉仕と感謝の精神を学ぶ機会となっています。礼拝後に、今年は毎月第3土曜日に行われている「こひつじくらぶ」「Little Lumb Club」のメンバーを加えて、地域の安全を担ってくださっている交番と消防署を花束をもって訪ねて感謝を伝えるそうです。
明日教会に持参する花を用意しました。
柏葉アジサイ、シャスターデージー、オールドローズ、
アルストロメリア、においさくら、ガクアジサイなど
今週19日夜と次週聖日午後には、聖堂で「音楽の祭日」無料コンサートが開かれます。音楽の祭日は、「聖ヨハネの祭り」(洗礼者ヨハネは、クリスマスに先立つ半年前、夏至が誕生日とされています)の頃、日が長くなった夕刻の時間を生演奏の音楽を(無料で)聞きながら過ごすヨーロッパの文化運動です。日本でも賛同を得て、各地で開かれるようになりました。大阪教会は、この催しに10年前から参加し、教会に初めての方にも聖堂で静かに音楽を楽しみ、牧師のメッセージを聞いていただく時となっています。今年はパイプオルガン、ピアノに加え、手回しリードオルガンの演奏があります。リードオルガンは、先月発刊された大阪教会「戦後史草稿Ⅲ」の140頁に「パイプオルガン奉献30周年」とあわせ紹介されています。レンガ造りの現聖堂の竣工(1922年6月11日)と同時に奉献されました。演奏には側面のハンドルを回し、ふいごに空気を送る補助者が必要で、今回は西田兄が、練習の時から汗だくになって小椋朋子姉の演奏を支えています。久しぶりによみがえるリードオルガンの音色は、大阪教会の歴史を振り返る時ともなるでしょう。

両日のプログラムは

6月19日(金)19:00〜
[ピアノ]
・抒情小曲集 第5集 Op.54-4 「夜想曲」 E. グリーグ
・ルーマニア民俗舞曲 B. バルトーク
・カプリス Op.24-3 J. シベリウス 他
[リードオルガン]
・ジムノペディ第1番 E. サティ
・叙情小曲集より W.L. ギロック
[パイプオルガン]
・ルーマニア民俗舞曲 B. バルトーク
・「いざ来たれ、異邦人の救い主よ Op.8/1」 より H. ディストラー
・キリストは死の縄目につながれ給いしが BWV625 J.S. バッハ
・ピエス・ドルグ BWV 572  J.S. バッハ 他
ピアノ・オルガン:小椋朋子

6月21日(日)15:00〜
[ソプラノ独唱]
・オペラ『ジャン・スキッキ』より「私のお父さん」 J. プッチーニ
・讃美歌集より  298/496/Ⅱ80 他
・アヴェ・マリア  P. マスカーニ
・オペラ『セルセ』より「オンブラ・マイ・フ(ラルゴ)」G.F. ヘンデル 他
[リードオルガン]
・ジムノペディ第1番 E. サティ
・叙情小曲集より W.L. ギロック
[パイプオルガン]
・ルーマニア民俗舞曲 B. バルトーク
・「いざ来たれ、異邦人の救い主よ Op.8/1」 より H. ディストラー
・キリストは死の縄目につながれ給いしが BWV625 J.S. バッハ
・ピエス・ドルグ BWV 572  J.S. バッハ 他
ソプラノ:武村愛子
ピアノ伴奏/オルガン:小椋朋子

2015/06/05

「音楽の祭日」コンサート @ 大阪教会

音楽の祭日の無料コンサートが今年も大阪教会聖堂で開かれます。
今年はパイプオルガンと、ピアノ、手回しリードオルガンの演奏(小椋朋子さん)
21日午後の部ではソプラノ独唱(竹村愛子さん)が加わります。

夏至の午後、レンガ造りの聖堂で音楽を楽しむひとときです。
初めての方も、国の登録文化財のヴォーリズ建築の由緒ある教会に是非お出でください。


2015/05/29

初夏のキッチンガーデン


胡瓜の花に実が育ってきました

ミニトマトにも

インゲン豆、葉陰に実が大きく育っていました。

今朝、初なりの収穫、100gくらい。

真夏の青菜を確保するためにに、ツルムラサキを植えました。
今朝ポットから移植したばかりです。

2015/05/15

5月前半の写真から

5月4日.5日
教区総会に出席・大阪女学院ヘールチャペル

長時間の会議でしたが、チャペルの窓から入る光が気持ちを穏やかにしてくれました。

校庭に咲いていたタニウツギ
今年のバラ
母の日のプレゼントに届いたバラ。手前のふたつ。
スノーグースとレディ・エマ・ハミルトン(花の色はオレンジ系)

ブルーフォー・ユーは今年もたくさんの花を次々と咲かせています。
スノーグース、蔓バラです。

“Grandma, I’m so Thankful for You” 
おばあちゃんに届いた”"Happy  Mother's Day"カード


2015/04/25

生活基礎講習

豊中友の会の生活基礎講習が開かれます。今年度は今までの5回シリーズの講習を3回に凝縮して、忙しい子育て中の方々にも参加しやすくなりました。
丁寧な暮らしの基本が身につきます。5/22,6/5,6/19の金曜日、9:50-12:30です。詳しい内容は豊中友の会のHPをご覧ください。HPから参加申し込みができます。
豊中友の会 http://toyonakatomonokai.blogspot.jp/


2015/04/16

三つ葉つつじとナラ枯れ

久しぶりの晴れ間に午後から二人で散歩、箕面山聖天展望台から望海展望台のコース、12000歩あまり。山は桜の季節が終わり、ミツバツツジが芽出しの緑を明るく彩っていた。

箕面スパーガーデンの方向を望んで
ミツバツツジが満開、”名古屋の東山の1万歩コースにもたくさん咲いていたねえ”

大きな木が無残な切られ方。ナラ枯れ?

望海展望台から昆虫館の方へ下る道で


2015/04/06

「生活合理化と家庭の近代」

 昨日4月5日朝刊の読書欄に小関孝子著「生活合理化と家庭の近代-全国友の会による「カイゼン」と『婦人之友』」という本の書評が出ていた。
 以前に小関氏の”「全国友の会」研究~入会者数の変化と社会的要因に関する考察~”という論文をネットで読んだことがあるので、もっと読んでみたいと思いAmazonに注文したら、今朝もう届いた。

友の会員として、30年以上を過ごしてきたけれど、行き詰まりを感じる今、客観的な立場からの分析を参考にして、これからの方向を見出すことができたらと思う。

追記4/16

「生活合理化と家庭の近代」

 羽仁もと子の思想の形成期から、各地に「婦人之友愛読者グループの「友の会」が結成されて」いった昭和初期から現在までの歴史を、1 家庭の中のカイゼン 2 婦人雑誌と読者 メディア論 3 非営利組織の事例研究 4.消費社会での生活合理化の意味 の視点で論考されている。

私は、1977年4月入会、以来37年になる。この本の第4章の段階から加わったことになる。羽仁もと子が亡くなった後、高度成長期の日本で家事家計講習会によって大幅に会員数を増やした友の会が、その後の個人消費の時代に会員数が減少する局面に入ったころになる。

目次は以下の通り

序章 『婦人之友』愛読者組織「全国友の会」とは
  第一節 家庭は簡素に社会は豊富に--生活合理化というキーターム
  第二節 『婦人之友』・自由学園・「全国友の会」--創設者羽仁もと子とその関連団体
  第三節 「全国友の会」の歴史から何が見えるのか--資料と分析視点

第一章 生活合理化への助走--明治・大正期の『婦人之友』
  第一節 羽仁もと子の思想形成--「家庭」「生活」へのこだわり
  第二節 『婦人之友』の読者層--近代的家庭の形成を目指す知識階級の妻たち
  第三節 関東大震災後の「生活を簡素に」という気運の高まり
  第四節 『羽仁もと子著作集』創刊による羽仁もと子思想の明文化

第二章 知識階級の妻たちによる啓蒙運動--戦前・戦中・戦後:1930-1954
  第一節 「合理化」という言葉の登場と背景
  第二節 婦人による実践団体として始動した「全国友の会」
  第三節 戦時体制下の活動--家事家計指導「十人組」
  第四節 戦後復興と農村生活の近代化--「われらの衣食住展覧会」

第三章 専業主婦による暮らしのカイゼン--高度経済成長期:1955-1974
  第一節 核家族化と衣食住の急激な変化
  第二節 主婦の教本としての婦人雑誌ブームと『婦人之友』
  第三節 会員数の急増と活動の全国統一化--「家庭生活展覧会」「家事家計講習会」
  第四節 暮らしのカイゼンサークル機能--生活合理化のための家庭という現場

第四章 伝承の技としての生活合理化--個人消費の時代:1975-1994
  第一節 個人消費化の潮流に逆行する「全国友の会」--伝承の技となる生活合理化
  第二節 会員数の減少と会員層の限定化--転勤族妻たちの受け皿と主婦アイデンティティ形成の場に
 第三節 社会活動への使命感の維持--バングラディシュ交流事業

第五章 生きるための基礎としての生活合理化--危機管理時代:1995-
 第一節 現在の「全国友の会」--組織構造と活動内容
 第二節 生活合理化の再評価--被災者支援活動と「スーパー主婦」

第六章 生活合理化と近代化のダイナミズム
 
おわりに、これからの友の会のあり方についても提言されている。 
 組織の非合理性がかえって組織を有機化し続ける効果があり、どの時代においても柔軟に機能し続けてきた強み。現代人が社会のシステム化のうちに置き去りにしてしまったもの。
 モノ消費の価値観でモノをとらえることによって、はじめて消費の欲望を抑えて予算や予定に基づいた生活が可能になるからである。現在の生活合理化の再評価は、社会がモノ消費への回帰を欲していることの表れなのではないか。環境問題、エネルギー問題、災害対策、長引く不況、高齢化社会、といった多くの問題を抱える現代社会を生き抜くために、私たちが「脱・意味消費」を模索しているという時代の空気が、物を大切に使うという暮らしの態度となって表出しているのではないだろうか。

 現在「全国友の会」の会員の半数以上が60歳代の女性である。友の会は会員と共に年をとり現在その社会的役割を変化させつつある。新たな社会的役割は、超高齢化社会を迎える日本社会において、自立した女性たちのネットワークとしての機能である。・・・「全国友の会」の生活合理化には、老後の安心という新たな概念が加わりつつも、同じ「実践」が繰り返され継承されていくのではないだろうか。
***
一読した後、最後でこれからの友の会が高齢化時代の中で会員数が減少しても決して消滅しない団体だ、そして会員の高齢化に伴ってその役割を変化させていくと結論付けられていて、非常に物足りない思いがした。物知りのおばあさん仲間が若い人たちに生活技術を伝授して、それで満足しているような光景が思い浮かんだのだ。それでは羽仁もと子が時代の先を見つつ、”思想しつつ生活しつつつ祈りつつ”呼びかけたことが空しくなると思う。
 唐突な言い方かもしれないけれど、友の会の活動に「神の国と神の義を求めよ」というみ言葉を忘れてはいけないと改めて思った。